「実像と虚像」

1999 June23

Words By Kenji Kanno!


早朝の湖は穏やかだった

漣ひとつない

湖面に浮かぶボートの中で

富士の雄姿をひとしきり見ていた

 

陽炎ひとつ立たない大気の中で

すっきりとした山肌を見せて

泰然としている

 

湖面に目を転じれば

もう一つの富士が

実像と見紛うほどに

自然のキャンバスに描かれ

唯一の虚像の証としての

逆さ絵を美しく見せている

 

さぁ何をしよう

ボートに大の字になり

紺碧の空を仰いで

小説の主人公にでもなったような

すばらしい情景の中で

思わず伸びをして考えた

 

どんなに美しいからといって

山ばかりを見ては生きて行けない

多くの柵(シガラミ)を捨てては

生きて行けないのだ

 

目に見えない縛りの中で

苦しみもがきながら

心が悲鳴をあげている

 

実像と虚像には

寸分の違いもないが

虚像には実体がない

石を投げれば

たちまちその映像は形を失い

醜く歪む

 

虚像は美しい情景として

心の美術館に展示し

心の豊かさの象徴とすればいい

 

実像は時々刻々と姿を変える

その時々の変化を

しっかりと見据えて

臨機応変に対処せよ

 

意を決したように

自分に言い聞かせながら

オールをしっかりと握り

岸に向かって漕ぎ出した


SelectMenu TopPage