「オリジナルソングの物語」
2枚のCDに収められた
38曲の物語を聴きながら
そのひとつひとつを紐解いてみよう
そこには32年の時間(トキ)の流れが息づいている
「1967君の笑顔」
中学生の僕は加山雄三に憧れていた
今風にはシンガーソングライターであるが
当時は自作自演である
永遠の若大将になりたくて最初に創った曲だった
「1969若者の夢/真冬の子守唄」
中学生から高校生になる年で
「若者の夢」は中学卒業を控えた予餞会で
仲間とバンドを組んで演奏するために創った曲である
詩は2作品とも毎年行われていた作曲コンクールの課題詩である
この曲を聴くと今でもセンチメンタルな当時が蘇る
「1971故郷の海/愛の願い」
たいした勉強はしなかったが
高3の時で曲がりなりにも受験勉強をしていた頃である
音楽の授業で作曲があり
その時の課題詩が「故郷の海」であった
いの一番に創って披露したが
先生にはあまり受けが良くなかったように思う
素直で良い曲だと思うのだが
「愛の願い」は部屋の窓から
家の屋根に降りて夜明けを迎えた時にできた曲である
当時は学校から帰り夕食を済ますと
すぐに寝て夜中に起きて朝までの受験勉強であった
勉強したというよりも
オールナイトニッポン・セイヤング等の深夜放送に夢中だった
「1972君のふるさと/田舎に帰ろう/愛の流れ/
今日のクリスマス/可憐な花はもう咲かない」
大学入学の年である
たまたま中学の同級生と同じ大学に入り
その同級生が創ってくれた詞が「君のふるさと/田舎に帰ろう」である
その年の12月に作曲したが
そろそろ故郷が恋しくなる時期でもあった
この頃になると真剣に女性を意識し始める
創る曲も徐々に実らぬ恋が中心となってくる
「1973未来なき恋/しあわせな春/幼子でいたい/
ひなげしの花の思い出/僕の生まれた小さな町は」
恋から恋愛へ そして自分の原点を探す旅
当時全盛であった「小椋佳」さんに
音楽と詩において強い影響を受けた
「幼子でいたい/僕の生まれた小さな町は」は
そんな流れの中の曲である
長く自分の生まれた町を知らなかったが
この時に岩手の小さな港町まで旅に出た
とても優しい町で心が晴れた
「1974蒼い恋の思い出/君と暮らしたい/傷心からの旅立ち」
自分の独り善がりだとは思うが
大恋愛をしてこの年に別れている
「傷心からの旅立ち」は何もかもを忘れて故郷の街を出たい
そんな思いで創った曲である
京都の歌声喫茶「炎」のステージで歌って喝采を得た
「1975憂い/あなたの愛を/歳上の女」
この頃は創作に徹しており私小説的な作品創りはしなくなった
愛しき女への思い 醒めた心 軽い関係
そんな思いを曲にしたもの
「1978あなたは去った/いちずな思い」
社会人3年目
ほとんど創作意欲のない時期に入っている
何か創らなければとの思いで
何とか創った作品だと思う
間に数曲はあるのだが
これ以後11年まったく作曲をしていない
「1989今日また君に会いに来た僕です/あなたの胸で泣けたなら/
君の瞳は夢追人/幻人のあなたがいる」
平成元年に単身赴任で秋田に転勤した
毎日一人で過ごすのは結婚以来初めてである
これを機会にDTMでこれまでのオリジナルを
パソコンミュージックに仕上げようと決めた
ついでに新曲を7曲創った
創作に徹した作品である
「1998潮騒の思い出/さよならの砂時計/さよならの瞬間/
愛のすれ違い/道/Holy...silent x‘mas」
この年にインターネットにHPを開設した
詩をテーマにしているHPが多々あり
その中から詩をいただいて作曲した
創作意欲が沸いてきた年でもある
「1999かくれんぼ/人生は風のように」
インターネットから詩をいただいて
作曲した数は9曲になる
いずれもよくできたと自負している
自分のオリジナルの集大成がここに凝縮しているのかもしれない
しかしこれは自己満足以外の何物でもない
「人生は風のように」これからも
何かを求めてさまよい歩くだろう
SelectMenu | TopPage |